自他共に認める「構ってちゃん」なものですから
ついつい例のスレッドを覗いてしまった。
いやあ、見なければ良かったとつくづく後悔している。
実はスレッドを見てから数日、未だに動揺が続いている。
いまいち表現しづらいのだが、
彼女からある日…
「実はあなたに満足させられたことって一度も無いの、演技だったのゴメン」
と言われたら、こんな心境なんだろうか?そんな妙な感想を抱いてしまった。
要は、原因は自分のテクが未熟というだけなので
何か言い返そうにも結局自分に跳ね返ってしまうのである。
物言えば唇寒し、というやつか。語源は秋の句だけど。
ここまで落ち込んだことは久しぶりである。
大げさだが、失恋、大学中退を決めた時以来、10年ぶりの感傷か。
…とはいえ、実はこれで当然でもあったりする。
予想できた成り行きが、自分の低脳のために予測できなかっただけのこと。
あるいは、認めたくなかった現実を見せつけられたというべきか。
考えてもみてください、
世間一般的に受ける映像を作っているのは、あちらなのです。
多くの人にとっては、鉄道というのは手段に過ぎない。
視聴者は、鉄道に関する映像に何を求めるか?
私は、旅情と一くくりに呼ばれるもの、だろうと考えている。
放送に関わるいわゆる本職の方々であれば、場面転換や
説明として挿入することはたびたびあるが、
主題と位置づけられることは皆無である。
機械の機能美をどこまで映像で追求できるか、という命題を自分なりに設定し、
数々の技術的な障害は自分で努力して排除してきたつもりの
そんな自分が撮影するものはしょせん一握りの、手段と目的が入れ替わっている人種が
喜ぶだけの代物だったりするわけで。
私が長年撮ってきたものは、何のことは無い、ニッチなんですよ。
いささか自虐的ではあるが、これは偽らざる本音である。
だからといってこのスタイルを変えるつもりは無いのだが。
今日はここまで。
posted by いそはち at 19:35|
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